孔版画・謄写版画の物故作家

若山八十氏(わかやま・やそうじ)

本名 若山弥惣司。1903年生まれ。北海道出身。1983年没。1923年謄写版を習う。1942年孔版普及誌『孔版』発行。1942年日本版画協会展に孔版画初出品、以降同展をはじめ数々の展覧会に作品を発表し、孔版画のパイオニアとして孔版画の第一人者と称された。1943年日本画を松崎脩己に、油彩画を牛島憲之に師事。1964年孔版画作家集団「甃土会」を結成。孔版による稀覯本は特に有名。『謄写ハンドブック』(ダヴィッド社)など技術書、孔版創作画集など多数の著書がある。

草間京平(くさま・きょうへい)

本名 佐川義高、1902年生まれ、茨城県出身、1971年没。大正中期に上京、 郵便配達、人夫、出版社の校正係などをしながら、文学を志す。1920年(大正9年)に短歌の同人誌『孔雀草』を謄写印刷で創刊。1923年、作家有島武郎から資金を得て、芸術倶楽部アパートの一室で「黒船社」を設立、謄写印刷技術の研究と出版に取り組む。謄写印刷の技法開発、機材開発、研究誌の発行、教育・普及活動に尽くし、謄写印刷技術の第一人者といわれた。創作を多く残した若山八十氏と対比して、「複製派」と呼ばれた。

大場正男(おおば・まさお)

1928年生まれ。福岡県出身。1950年孔版画を始める。甃土会会員。同時に銅版画、リトグラフ、木版画等の技法を学ぶ。1969年以降、日本版画協会展をはじめ数々の団体展・個展に発表するほかヨーロッパを中心に作品を出展。1997年ペーパースクリーン版画作家による美術集団「甃の会」創設。2001年スウェーデンSKANSKA美術アカデミー客員教授。

遠山喜栄蔵(とおやま・きえぞう)

千葉県出身 甃土会会員。

松岡敏行(まつおか・としゆき)

山口県出身。甃土会会員。日本画を専門とする。土笛研究でも有名。「日本土の音の会」を創設。

水谷清照(みずたに・きよてる)

1924年生まれ。東京都出身。甃土会会員。社会通信教育近代孔版技術講座指導委員長。新協美術会委員。著書には『近代孔版技術講座 Ⅰ部、Ⅱ部』『同コロジオン版画コース』がある。FPの会機関誌『ファミリープリント』を発行。

山田信一(やまだ・しんいち)

東京都出身。甃土会会員。日本版画協会会員。

飯牟礼こう(いいむれ・こう)

嘉部弘に師事。星野昭子・永嶋清輝と共に4人展・3人展を開催。元・日本椿協会副会長。

永嶋清輝(ながしま・きよてる)

嘉部弘に師事。星野昭子・飯牟礼こうと共に4人展・3人展を開催。

星野昭子(ほしの・あきこ)

嘉部弘に師事。飯牟礼こう・永嶋清輝と共に4人展・3人展を開催。

赤羽藤一郎(あかはね・ふじいちろう)

長野県松本市生まれ。敗戦直後に草間京平に師事し、生涯を謄写印刷の生業者として、また多色孔版印刷の技術者としての道を歩んだ。特筆すべきは、近代日本において独特な発展をとげた孔版技術の普及・その伝承をもって推進したことである。また、晩年、後継者となった佐藤勝英を育てた。1991年には、建設運動の拠点である「謄写版伝承館」をオープンしたが、志半ばで翌年3月に急逝した。
<参考文献>
・田村紀雄、志村章子編著『ガリ版文化史―手づくりメディアの物語』
(1985年3月、新宿書房)  ・月刊広報誌『理想の詩』(理想科学工業株式会社)

本間 吉郎(ほんま・よしお)

1934年、新潟県新発田市生まれ。
1960年、若山八十氏を師事し孔版画を始める。同年、謄写印刷科講師となり以後謄写・孔版技術・孔版画・文字デザインレタリングを中心として指導する。1964年、孔版画家グループ「甃土会」に入会する。1965年、全国軽印刷文化展で謄写作品部門第1位金賞を受ける。
1974年からこれまでに30回に近い個展を精力的に開催された。
様々な孔版技術を駆使した詩情溢れる作品に定評がある。
1997年、ガリ版伝承館開館に際し、謄写版技術講習の指導、作品、絵画技法制作手順などの展示用・ビデオ用オリジナル資料を作成に関わった。 1998年には孔版画の技術書『和紙孔版画のすすめ―手技の温もりが生きる風景』を出版された。
2022年9月没

助田 篤郎(すけだ・あつお)

1954年、福井県鯖江生まれ。地元の高校を卒業後、シルクスクリーン印刷発祥の地(岐阜県郡上八幡)にて基礎技術を学ぶ。
20才のとき、インド放浪の旅に出る。帰国後、靉嘔の刷り師、兄、憲亮の所で仕事としてのシルクスクリーンに携わる。
1980年、結婚を機に父、茂蔵の謄写印刷所(大阪謄写館)を手伝うこととなる。以後、父と共に野の花孔版画を制作。現在も謄写印刷を中心に個人の私家本、句集や歌集、あるいは自分史などを手掛け、孔版画制作も行っていた。動画はこちら
2022年3月没

gamogaribanをフォローする
新ガリ版ネットワーク